worker。

「医師を労働者と呼ぶのに違和感が云々」
という記事をチラッと見かけて、萎えた。

労働者の定義を議論する以前に
医師も獣医師も人間だ。
精神的にも体力的にも限界というものある。

命を扱う使命感や責任感を持っているから
多少の長時間労働は受け入れているけど
過労で病まないわけではない。

研修医の時、多分優に過労死ラインである
80時間の時間外労働をしている月もあった。
そして給料は雀の涙。残業代なんて無し。
全て踏まえた上で、1年だからと飛び込んだ。
仕事が好きだから、その後の目標があったから
そして良き仲間に出会えたから生き延びられた。
でも、正直、最後の方は苦しさが勝って
不安定な時期があったのは否定できない。

命を天秤にかけられると何時間働いたか忘れる。
先週末は良い例で、後から数えたら
48時間の週末on callのうち、
75%弱は働いていた。昼夜問わず。
週明けにまわせない症例ばかりだったから
兎に角こなすことをだけを考えていたけど
助っ人を呼んでも忙しかった。

長時間労働を自慢したいわけでも
心配してもらいたいわけでもない。
ただ、私たちも人間であり
疲れたら集中力も切れるし
判断力も鈍ると言いたいだけ。
どんなに使命感があろうとも。
むしろ限界が来た後で
使命感だけで乗り越えようと思うと
医療ミスにも繋がる。
アメリカでは医療ミスで亡くなる患者は
心臓病と癌に続いて3位だという話。(人間医療ね)
意図的に医療ミスを起こす人はいないし
(そんな犯罪もあったけれど・・・)
全ての医療ミスが過労で起こるわけではない。
でも、疲労が危ないのはわかっている。

勤務時間の上限を超えても救うのではなくて
一人一人の勤務時間内に救えるように、
まずはそういう思考に持っていかないと。
病院側も医師(獣医師)の数を
増やさないといけないんだろうな。
今までギリギリで出来ていたから、
これからも変えなくともいける、ではなくて。
経営面から考えると人件費が云々で
試行錯誤が必要にはなるんだろうけど。

研修先の大学動物病院に
心臓と腎臓の持病を患っている老犬を
よく連れてきた家族がいたのだけど、
待合室で会うたびに、私がきちんと寝てるか
きちんと食べているか心配して、労ってくれた。
仕事が忙しくて疲れがたまると彼らを思い出す。
一生忘れない温かさだ。

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