母国語を失うこと。

つい先日、「セミリンガル」という言葉を知りました。
「セミ(semi)」は単語にもよるけれど「半分の」という意。
「リンガル(lingual)」は「言語の」という意。
一つ以上の言語を操るけれども、それぞれの言語力が
年齢に見合ったレベルに達していない人のことだそうです。
ダブルリミテッドともいうのだとか。

年齢に応じた言語力というのは随分不明確で、
同年代との会話が成り立てばいいのか、
大人の場合、新聞を読んで理解できればいいのか
それとも論文を書けるレベルを言うのか曖昧なようです。

セミリンガルという言葉を知ったのは
Twitterから流れてきたtogetterなのですが
ツイートをされた方は日本と台湾のハーフの方で
幼少期は家庭の事情で日本と台湾の両方に住み、
母国語は中国語・台湾語だったものの、
小学校あたりに日本に移住してから
親の言葉の暴力によって中国語を失ったそうです。
言葉の暴力として例に挙げられていたのが
発音の批判や「あなたはもう中国語を忘れたね」
という中国語力に対する否定的なコメントでした。
その結果、中国語が彼女の中から消えてしまい
今では日本語は読み書きできるものの
彼女の中では母国語になりきっていないようで
中国語に関してはリスニングのみできるのだとか。
端から見ればバイリンガルのようですが
本人にとっては母国語を失ったという認識だそうです。

この話を読んで、私の日本語を忘れたくないという思いが
日本への執着に替わっているのかもしれないと思いました。
もちろん、日本の文化や食事が好きなのもありますが。

私自身、母国語は日本語で英語も喋れるバイリンガルですが
カリフォルニアなど日本人が多い地域には住んでいないので
日本語を使うことを意識していないと
何週間も英語でしか生活しないことも多いのが現状です。
今のご時世、ネットがあるので毎日日本語を読むことはしますが
日本語を喋るのは決して多くありません。
日本人の親友も仕事で違う州に移ってしまいましたし。
毎日、毎週のように親に電話するわけでもありませんし。

そうなると、否が応でも自分の日本語力の錆びつきを感じます。
特にアメリカにいる時は脳が英語モードなので
日本人と喋っていても日本語が出にくく焦ることが多いです。
日本人と仕事関係の話になると実はもっとややこしくて、
物事を説明するのは日本語の方が断然楽なのですが
仕事で使う専門用語などはすべて英語で学んだので
日本語を使いながらも単語は全部英語になるという
日本語と英語の両方を使うややこしい状態になり、
それはそれで結構脳みそが疲れるので
だったら、多少面倒でも英語で説明した方が
文章的にはスムーズに喋ることができるので
英語が出たがるんですよね、口から。

例えば「今日はemergency colic surgery
(疝痛による緊急開腹手術)があって
毎度のごとくhypotension(低血圧)がひどくて
blood pressure(血圧)がunstable(不安定)だった」みたいな。
この文章はちょっと極端な例ですが、
そんな文章が続くと全部英語の方がいいだろう、と。

自分がどれだけ注意していても
毎日使わないと錆び付くのが言語というもので、
特に高校から父の転勤でアメリカに来た私は
同年代が喋る日本語より劣っているのは否定できません。
だって、サラリーマンやOLをやっている友人が
会社で使うような単語や言い回し知らないですもん。
保険や政治の話になると「その単語なんだっけ?」
ってことはしばしばあります。

この前日本に帰って学会で京都に行った時、
日本に帰った翌々日に友人と会ったのですけれど
帰国してから友人に会うまで日本語で会話したのは
家族だけで、それ以外はずっと同行した外人と
英語で会話をしていたため脳がまだ英語脳で
友人と喋りながらも脳の日本語処理が遅くて
「やばいやばいやばい」と密かに焦っていました。
年齢が上がると会話のレベルが上がっていくので
日本語力の錆びつきを無視できないんですよね。

そうなると、自分はバイリンガルだけれど
セミリンガルの域に入っている部分もあるのではないかと、
日本語が消えていきそうで不安になることも実は多くて、
だから、恋人は日本語がしゃべれる人でなくては嫌だとか
周りからは「そんな条件捨ててしまえ」と言われることに
しがみ付いている状態です。

あと、日本でよく初対面の方に言われるのが
「日本語上手ですね」なんですが
これ、地味に傷つきます。結構。
「それだけ長くれいればもう英語が母国語ですね」
も傷つく。っていうか殴r...。
英語が母国語になることはないです。一生。
「綺麗な日本語ですね」と言われた方が嬉しいです。
TPOをわきまえた振る舞いをできるように心がけているので。

実は幼少期も海外に住んでいたことがあって
その時は日本語というベースができる前に
現地の言語も入ってきていたので
所謂、セミリンガルの域だったのかもしれません。
親に聞かないとわからないですけど。
日本に帰った直後のことは、全然思い出せないのですが
幼稚園がとても嫌いだったのは覚えています。

だから、母国語を失うというのは
自分の感情・思考を100%表せる手段を失うことで
たとえ年齢的に母国語を失うことはなくても
日本語が錆び付いているという感覚は
恐怖を煽るものだなと思った次第です。



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こんにちは。小さい頃から海外に住んでた経験があると「すげー」「いいなー」などなど羨ましがられる対象になりがちかなと思いますが、言われる方からしたら「こっちはこっちで色々苦労してんだよ!」って為るのではないでしょうか。相手の何気ない(悪気は全く無い)ことでもイラッとしてしまうのかもしれませんね。
仰るとおり使わない能力はどんどん衰えていくし、言語だって習得するだけでも大変なのに維持する為の努力と労力を考えたら頭が下がります。
言語が文化そのものを表してるし、やはりう文化圏で暮らして他言語を使っていると母国語(というか母国そのもの)に対する思いが一層強くなるのかなと思ってしまいます。

2015.12.01(Tue) 20:47       きしもと さん   #MLEHLkZk  URL       

きしもとさん

「言語が文化」とは私もよく思います。
日本を出たからこそいいところも悪いところも知りましたが
やっぱり全部をひっくるめて日本が好きですし、
帰る場所はアメリカではなくて日本だな〜と思います。
もちろん、美化は否定しないですけれど。(笑)


> こんにちは。小さい頃から海外に住んでた経験があると「すげー」「いいなー」などなど羨ましがられる対象になりがちかなと思いますが、言われる方からしたら「こっちはこっちで色々苦労してんだよ!」って為るのではないでしょうか。相手の何気ない(悪気は全く無い)ことでもイラッとしてしまうのかもしれませんね。
> 仰るとおり使わない能力はどんどん衰えていくし、言語だって習得するだけでも大変なのに維持する為の努力と労力を考えたら頭が下がります。
> 言語が文化そのものを表してるし、やはりう文化圏で暮らして他言語を使っていると母国語(というか母国そのもの)に対する思いが一層強くなるのかなと思ってしまいます。

2015.12.02(Wed) 08:14       irodori さん   #-  URL       

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