持て余す。

獣医師になってから日常の中で「死」がちらつく。
病気や怪我を負った患者を診るのだからそれは当たり前で、
QOL (quality of life)や金銭的な理由から
安楽死を選ぶことも少なくないのが臨床現場。
心が壊れないように気持ちを切り離す方法も覚えた。

実は先日、アメリカで知り合った友人が他界した。
特別仲が良かったわけでもなかったし、
彼が帰国してからは疎遠になっていたけれど、
まだ若かった彼の急死に言葉を失った。
特に、弔いの意を込めたメッセージと彼の写真を
共通の友人がSNSにあげているのを見て
彼の写真を見られないことに気がついて
思った以上に動揺している。

もう友人がいないという事実。
まだ表情とか声とか思い出せるのに、
それを見ることはもうできない。
写真を見るとなんとも現実味が帯びてきて
ある意味生々しく感じてしまう。

死が身近な職業についているから
心を切り離して死と接することができる。
そう思っていたけれど、
表面では処理しているように見せかけて
消化しきれていない感情があって、
それが少しずつ溜まっている気がする。
精神病みそうとかいうわけではなくて
結局、私も人間なんだなということ。

考えないようにしているけれど
無意識の中で燻っている。

案外、感情に任せて泣いた方が
膿も流れ出てしまうのかもしれない。
泣くのは嫌いだから難しいけど。

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