belief

ちょっと宗教の話してみます。
私にとって宗教とは素直に受け入れられないものです。
否定的というかネガティブに書いたつもりは無いのですが
そういう風に読めてしまったら申し訳ないので追記におきました。
閲覧は自己責任でお願いします。
Non-Western Literature(非西洋文学)の授業では
色々な宗教について学ぶことが多いです。
イスラム教、ヒンズー教、仏教、道教、その他諸々。
それぞれの歴史ではなく、文学からのアプローチ。

同じ宗教でも観点が変わっていくのが見られて面白いです。
同じ世界でもこんなにも違う見方があるのかと思うと
どれが正しいなんて無いなっとつくづく思います。

昔はあまり疑問に思ったことはありませんでしたが
アメリカに来てから宗教というものに抵抗感ができました。
盲目的に信じている人を目の当たりにしたからかな。
それは人それぞれ自由なのだから悪いわけじゃないけれど。
でも、個人的にはその盲目さが怖いと思いました。

1番嫌なのは自分達の信じる宗教(主にキリスト教)を
押し付けてくる人が居ることです。
最近の例では、大学で聖書の勉強会に来ないか誘われたこと。
全く知らない、同じ人に5回以上。(汗)
信じていないから不幸だと決めつけないで下さい。

あと、大学にはたまにどこかの牧師さんらしき人が来て
大声で聖書についての演説をしています。
今まで一度もきちんと話を聞いたことはないのですが
友人曰く、大学生がいかに悪い人間かをクドクド言うらしいです。
この前チラッと見たときは、大きな人だかりができていて
誰かと牧師さんらしき人が言い争っていました。(汗)

そういえば、この前驚いたのは
人類学の授業で、今は星の数ほどある言語は
さかのぼれば1つの言語から生まれたのか
それとも違う場所で偶然にもいくつかの言語ができて
それが広がったのかっという話になった時に
「バベルの塔の話を信じているから言語は元々は1つだった」
っと発言した生徒がいました。
日本では見られない光景を目の当たりにしたな~
っというのが正直な感想です。

宗教観については色々考えているのですが、
今パッと思いつくことでは
自分の中で信じていることってあるけれど
私はそれを「神」に置き換えたくないんだと思います。
上手く説明できないけれど、
今まで自分が頑張って来たことや得てきたものを
「神のお導き」っと考えるのが個人的に嫌なのかもしれない。
私が日々一所懸命なのは「神」のためじゃなくて自分自身のため。
あ~「宗教」って言葉より「神」って言葉の方が苦手なのかもしれない。

昔、祖父が「宗教とは富士山を違う角度から見ることだ」っと言ってました。
それぞれの宗教は見方が違うので意見が食い違って見えるけど
結局は同じものを別々の方向から見ているだけなんだ。
私はこの考え方は好きです。

もしかしたら、私が20数年の人生で得た思想は
色々な宗教の観点と似ているのかもしれない。
けれど、私は自分の考えを宗教に当てはめるのが嫌なだけ。
それの何が悪いというのだ?

う~ん・・・上手くまとまらない。(苦笑)
でも、今回色々な宗教に関する文学を読んで
どれか1つ信じろといわれてもできないと思いました。
それぞれ長所や短所があるのだから。
どれにも所属せず、いいトコ取りちゃダメでしょうかね?

  
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Comment

Re: belief

私も無神論者で無宗教ですよ。
そういうことを海外で平気で言ってると変人扱いもされてきました。
どの宗教も弱い人間が心のよりどころとして、あってもいいとは思うんですが、必ずどれかの信者である必要はないと思います。

と思って拝見してて
最後の一行に大笑いしてしまいました!

2010.03.08(Mon) 14:25       fragment さん   #khGUFOY6  URL       

そうですよね…

宗教も実態はゆすり・たかり(笑)だったり、暴力装置だったりする場合はたちが悪いですよね。それは宗教固有の問題ではなかったりしますが…

でも「バベルの塔」の話も、考えるに100%の間違いでは無さそうですよね(笑)たとえば…

「人類はもともと一つの場所(バベル、バビロン)に住んでいた。当然、言語は一つであることが合理的。しかし経済活動を進めるに連れ自然は破壊され、資源は枯渇し、そこに住むことは難しくなった。(バベルの塔建設の挫折)ひとびとはそこから次第に離れていき、各地に富を求めて散らばった。それにより、言語が分化した。」

多くの建物がレンガでできていただろうこと、煮炊きに薪を使っていたことを考えれば、都市化により燃料木材の伐採で砂漠化が進行⇒干ばつなどの異常気象や、洪水被害を神のアナロジーにつなげやすいですいね。

神話的宗教の問題は、事実・歴史を共通認識でとらえようとせず、上からの単一的押し付けで構成する点にあると思います。が、全くの嘘は信じる人もいないだろうから、多少は共通認識に近づけている面もある気がします。

2010.03.08(Mon) 18:44       knulp さん   #-  URL       

Re: belief

こんばんは
宗教の話は難しいなあ
いつの日かは自分の考えにもっとも合うと思う歴史のある宗教について掘り下げて勉強しても損はないと思います(それぞれの宗教はある種みな哲学であるわけだし)
親戚に複数僧侶がいる私ですけどそう思う程度でして、なんとも




2010.03.08(Mon) 21:55       多摩の旅人 さん   #mQop/nM.  URL       

Re: belief

いいトコ取りでいいんじゃないですか?
5人いれば5人の考え方があって捉え方があると思います。
だから、絶対どれかの型にはまらないといけない!!ってことは全然ないとおもいますよ^^

僕はまず宗教に関心がなく宗教に関して勉強している彩さんを尊敬します><

2010.03.09(Tue) 06:51       コルト さん   #-  URL       

fragmentさん

> 私も無神論者で無宗教ですよ。
> そういうことを海外で平気で言ってると変人扱いもされてきました。
> どの宗教も弱い人間が心のよりどころとして、あってもいいとは思うんですが、必ずどれかの信者である必要はないと思います。
>
> と思って拝見してて
> 最後の一行に大笑いしてしまいました!

そうですよね。海外で無神論や無宗教というと
変な顔されますよね~。(^^;)
それかキリスト教を勧められるか・・・。
宗教は、私もあっても良いとおもっています。
でも、必要か必要じゃないかは人それぞれ。
最後の一行、私の素直な気持です。(笑)
宗教に入りたいとは思わないのですが、
思想的や哲学的に良いな~と思うことはあるので。

2010.03.09(Tue) 11:16       彩 さん   #-  URL       

knulpさん

> そうですよね…
>
> 宗教も実態はゆすり・たかり(笑)だったり、暴力装置だったりする場合はたちが悪いですよね。それは宗教固有の問題ではなかったりしますが…
>
> でも「バベルの塔」の話も、考えるに100%の間違いでは無さそうですよね(笑)たとえば…
>
> 「人類はもともと一つの場所(バベル、バビロン)に住んでいた。当然、言語は一つであることが合理的。しかし経済活動を進めるに連れ自然は破壊され、資源は枯渇し、そこに住むことは難しくなった。(バベルの塔建設の挫折)ひとびとはそこから次第に離れていき、各地に富を求めて散らばった。それにより、言語が分化した。」
>
> 多くの建物がレンガでできていただろうこと、煮炊きに薪を使っていたことを考えれば、都市化により燃料木材の伐採で砂漠化が進行⇒干ばつなどの異常気象や、洪水被害を神のアナロジーにつなげやすいですいね。
>
> 神話的宗教の問題は、事実・歴史を共通認識でとらえようとせず、上からの単一的押し付けで構成する点にあると思います。が、全くの嘘は信じる人もいないだろうから、多少は共通認識に近づけている面もある気がします。

knulpさんの思考回路、いつも深くて感嘆します。
神話的な話は書かれている以上、
書かれる理由や事実が何かしらあるのだと思います。
でも、確かに「上からの単一的押し付け」は大きな問題ですよね。
何で他の考え方もあるとわかってくれないのだろうか。(苦笑)
ん~こういうこと1人で考えるの好きだけど、
誰かとDiscussするのもいいですね。^^

2010.03.09(Tue) 11:37       彩 さん   #-  URL       

多摩の旅人さん

> こんばんは
> 宗教の話は難しいなあ
> いつの日かは自分の考えにもっとも合うと思う歴史のある宗教について掘り下げて勉強しても損はないと思います(それぞれの宗教はある種みな哲学であるわけだし)
> 親戚に複数僧侶がいる私ですけどそう思う程度でして、なんとも

宗教の話、本当に難しいです。
でも個人的には嫌いではありません。
入りたくないけど。(^^;)
親戚に僧侶さんがいるのですか~。
そういう方のお話を聞くのも面白いのでしょうね。

2010.03.09(Tue) 11:39       彩 さん   #-  URL       

コルトさん

> いいトコ取りでいいんじゃないですか?
> 5人いれば5人の考え方があって捉え方があると思います。
> だから、絶対どれかの型にはまらないといけない!!ってことは全然ないとおもいますよ^^
>
> 僕はまず宗教に関心がなく宗教に関して勉強している彩さんを尊敬します><

いいトコ取りでいいですか。笑
私も、色々な考え方を吸収した方が
視野も広くなるし、良いと思っています。^^

いや~勉強というほど深く学んでいませんよ。
一度、色々な宗教を比較する授業を受けてみたいですけど。
違う視点を知るのがすきなんだと思います。

2010.03.09(Tue) 11:45       彩 さん   #-  URL       

神様がいるにしちゃあ、えらいメチャクチャな世界ですよね。信者もそれ以外も、逝くときは平等に逝きます。理不尽に、あっさりと。

俺は神様っていないと思う。特に日本の怪しい新興宗教が掲げてる「信じないと不幸になる神様」なんて神様にしては心が狭すぎると思う(笑)

2010.03.09(Tue) 22:59       ブラック00 さん   #-  URL       

Re: belief

アメリカではキリスト教が主流で
それが常識化となってるんですかね。。
今まで頑張ってきたもの、自分が選んだ道を
神様がそうさせた・・・それでは、やっぱり納得したくないよねw
だって自分の人生は、自分が選び、自分が努力したたまものである もの。
家が仏教で、幼少の頃教会に通っていた私としては
都合のいいときに、信じたいところだけ でいい気もしますw
ただ、私がいつも感謝するのは 食べれる感謝 喜びを味わえれる感謝。
それは神様という名の、奇跡に感謝しているのかも??

2010.03.10(Wed) 00:43       なんくるないさ@ さん   #-  URL       

Re: belief

僕も無神論者で、コレといって信奉している宗教は
ありませんね~
結局のところ神様とか宗教って人間が本当に祈る以外
何も出来なくなったときに頼るもの
というイメージなので必要な人は信じる
そうでない人は信じないで良いんじゃないかと思います

信じていないといいつつ、都合のいいときだけ
『あ~、後は神頼みかな~』とか言う事はありますが…w

2010.03.11(Thu) 00:27       マロン さん   #-  URL       

Re: belief

宗教については自分も色々勉強しました!
といっても新書とか文庫本レベルで読んだりちょこちょこ話を聞いたくらいですが。

きっかけは、大学生の頃に度々訪問したインドネシアが世界最大のイスラム国家だということ、向こうでお世話になっているのがキリスト教(カトリック)の方であること、バリ出身ヒンドゥー教徒の友人と仲良くなったこと、インドネシア人に日本のことを聞かれたときに困らないように仏教や神道を知ろうと思ったことです。

インドネシアで自分はイスラム・キリスト・ヒンドゥという3つの宗教の人と親しくさせてもらいました。少なくとも自分が見てきたインドネシアでは、互いを尊重し、相手を排除しようなどということは見聞きしませんでした(地域のコミュニティーレベルでも)。
当時は9.11が起きた前後だったのですが、インドネシアでの実体験のおかげで変な偏見を持たずにすんだことを幸運に思ってます。

自分は既成の宗教を信じる気にはなりませんが、「これをやったら死んだじいちゃんが悲しむだろうな~」って思うことが自分の中の一種の宗教なのかもしれません。
自分にとってはこれで十分です。
ただ、寺、神社、教会、モスクで感じる荘厳な雰囲気は好きです。

今回も長々と失礼。。。
長いついでに最後に小話を一つ。
兄からの伝聞ですが「もし人が血を吐いていたら、その人が『大丈夫だよ』って言ってても『病院に行けよ!』っていうだろ?宗教に誘う人は、その宗教を信じていない人が血を吐いてるように見えている(感じている)らしい」

この小話が本当かどうかは分かりません☆

2010.03.11(Thu) 00:34       ぽん さん   #-  URL       

ブラック00さん

> 神様がいるにしちゃあ、えらいメチャクチャな世界ですよね。信者もそれ以外も、逝くときは平等に逝きます。理不尽に、あっさりと。
>
> 俺は神様っていないと思う。特に日本の怪しい新興宗教が掲げてる「信じないと不幸になる神様」なんて神様にしては心が狭すぎると思う(笑)

確かに滅茶苦茶な世界だわ。^^;
うん、死は平等ですよね。
心が狭い神様!笑わしてもらいました~w
不幸ってなんだよって感じですね。

2010.03.11(Thu) 05:53       彩 さん   #-  URL       

なんくるないさ@さん

> アメリカではキリスト教が主流で
> それが常識化となってるんですかね。。
> 今まで頑張ってきたもの、自分が選んだ道を
> 神様がそうさせた・・・それでは、やっぱり納得したくないよねw
> だって自分の人生は、自分が選び、自分が努力したたまものである もの。
> 家が仏教で、幼少の頃教会に通っていた私としては
> 都合のいいときに、信じたいところだけ でいい気もしますw
> ただ、私がいつも感謝するのは 食べれる感謝 喜びを味わえれる感謝。
> それは神様という名の、奇跡に感謝しているのかも??

そうですね。Faith(信仰)って言うのはアメリカの文化です。
仰るとおり、今までの道のりは自分の力で作り上げたと思いたいです。
人との出会いのような、偶然か必然かあやふやなこともあると思うけど。
なんくるないさ@さんは仏教徒キリスト教の両方に触れたのですね。
私はキリスト教だけだわ。
神様という名の奇跡に感謝って分かる気がします。
むしろ自分の考え方はそれに近いのかも。

2010.03.11(Thu) 05:58       彩 さん   #-  URL       

マロンさん

> 僕も無神論者で、コレといって信奉している宗教は
> ありませんね~
> 結局のところ神様とか宗教って人間が本当に祈る以外
> 何も出来なくなったときに頼るもの
> というイメージなので必要な人は信じる
> そうでない人は信じないで良いんじゃないかと思います
>
> 信じていないといいつつ、都合のいいときだけ
> 『あ~、後は神頼みかな~』とか言う事はありますが…w

「結局のところ神様とか宗教って人間が本当に祈る以外
何も出来なくなったときに頼るもの」って同感!
それを必要としない今の自分を傲慢という人もいるのかもしれないけど
でも、結局必要ないと思えばどんなに頑張っても必要じゃないのだと思います。
私も神頼みはするけどね~・・・^^;

2010.03.11(Thu) 06:00       彩 さん   #-  URL       

ぽんさん

> 宗教については自分も色々勉強しました!
> といっても新書とか文庫本レベルで読んだりちょこちょこ話を聞いたくらいですが。
>
> きっかけは、大学生の頃に度々訪問したインドネシアが世界最大のイスラム国家だということ、向こうでお世話になっているのがキリスト教(カトリック)の方であること、バリ出身ヒンドゥー教徒の友人と仲良くなったこと、インドネシア人に日本のことを聞かれたときに困らないように仏教や神道を知ろうと思ったことです。
>
> インドネシアで自分はイスラム・キリスト・ヒンドゥという3つの宗教の人と親しくさせてもらいました。少なくとも自分が見てきたインドネシアでは、互いを尊重し、相手を排除しようなどということは見聞きしませんでした(地域のコミュニティーレベルでも)。
> 当時は9.11が起きた前後だったのですが、インドネシアでの実体験のおかげで変な偏見を持たずにすんだことを幸運に思ってます。
>
> 自分は既成の宗教を信じる気にはなりませんが、「これをやったら死んだじいちゃんが悲しむだろうな~」って思うことが自分の中の一種の宗教なのかもしれません。
> 自分にとってはこれで十分です。
> ただ、寺、神社、教会、モスクで感じる荘厳な雰囲気は好きです。
>
> 今回も長々と失礼。。。
> 長いついでに最後に小話を一つ。
> 兄からの伝聞ですが「もし人が血を吐いていたら、その人が『大丈夫だよ』って言ってても『病院に行けよ!』っていうだろ?宗教に誘う人は、その宗教を信じていない人が血を吐いてるように見えている(感じている)らしい」
>
> この小話が本当かどうかは分かりません☆

おぉ!宗教について書いてある面白い本ってありますか?
やっぱり周りに違う宗教の方がいると興味持ちますよね。
私も本当に興味を持ったのはアジア史で宗教の動きを習ってからです。
同じ国に複数の宗教があるとお互いを尊重しあうのでしょうか?
あ、でも宗派が違うといがみ合ったりするので
そういうわけじゃないのかな・・・??

「これをやったら死んだじいちゃんが悲しむだろうな~」って思うことが自分の中の一種の宗教なのかもしれません。

うん。コレには私も共感できます!
信じるモノよりも信じるという行為の方が大事なのかな。
私もお寺や神社や教会の雰囲気は好きですよ。あの静寂も。

お兄様の伝聞、面白いですね!
確かにそういう傾向があるんじゃないかと思います。
目の錯覚なのにな~・・・^^;

2010.03.11(Thu) 07:04       彩 さん   #-  URL       

Re: belief

読んで面白かった本は、
①鈴木大拙「東洋的な見方」(岩波文庫)
②倉田百三「出家とその弟子」(新潮文庫)
ですな。
①を書いた鈴木大拙という人は、仏教学者でアメリカに禅文化、仏教文化を広めた方。西洋と東洋の宗教感・価値観の比較はとても素晴らしかったと記憶しています。
②は浄土真宗の開祖である親鸞と弟子や息子との間の出来事が戯曲調に書かれた作品。とっても人間味あふれるエピソード満載。

どちらも仏教の本。
むか~し、読んだ本で内容はうっすらとしか覚えてません。。。しかも、その頃は本を大事にして読んでいたので、線を引いたり、角を折ったりすることがあまりなかったので、印象的な文章を直ぐに引けません。。。
というわけで中途半端な紹介となってしまいましたが、個人的に、アメリカにいる彩さんには①を読んでほしい!
ほんで感想を聞かせて欲しい!なかなかないかもしれませんが、お暇な時に是非☆

②に書いてあったか分かりませんが、親鸞のエピソードを一つ。
あるとき親鸞は檀家さんに「お経を読んでいると眠くなってしまうんですよ。これではダメですよね。どうしたらいいでしょうか?」と質問されました。
それに対して親鸞は「起きてから唱えれば良いのだよ」

これが私の勉強スタイルを決定づけました(笑)


次はインドネシアのエピソード。
ジャカルタではモスクと教会が真向かいに建っています。ここにはイスラム教徒の人とカソリックのシスターの人と一緒に行ったのですが、この時にシスターの方から聞いた話。
モスクと教会は互いに大きなイベントがあるときに、互いの駐車場をもう一方のために開放しているそうです。

そういうのって良いな~って感じたことを覚えています。


>同じ国に複数の宗教があるとお互いを尊重しあうのでしょうか?

(これについて自分なんかが簡単に答えてはいけないと思いますが、この際、それは置いておきます。)
インドネシアでもジャカルタやバリ島でテロがありました。イスラム教の過激派が西洋の建物などを狙ったと言われています。ということでイガミ合いもあるのは事実でしょう。
ただし、バンドンの大学生はイスラム教徒もヒンドゥー教徒もキリスト教徒もみんな仲良かったです。数年前まで日本語学科の学生2人が1カ月間日本に滞在するということをやっていました。学生は試験や面接で選ばれるので、宗教が違う者の同士の組み合わせのこともありました。が、宗教によるトラブルは一切見聞きしたことがありませんでした。

また、ジャカルタのNGOの代表の人(キリスト教徒)の家に泊まった時に、近くの広場を公園に作り替える作業に立ち会ったことがありました。地域の人の大半、というかほぼ全員がイスラム教徒ですが、NGOの代表が音頭を取りつつ、みんなでキャッキャ笑い合ったりしながら、協力して作業を進めていました。その前日には地域のみんなでバドミントンをやったのですが、仲良いとしか言いようがなかったですね。

このように自分の周りでは宗教の違いによるイガミ合いはありませんでした。
宗教の違いによる紛争って、指導者的立場の人が私利私欲のために起こして、下の人を巻き込むっていうイメージがあります。
全部が全部ってわけじゃないでしょうが、ほとんどそうなのではないかと私は思ってます。

おお、今回もながっ。。。

2010.03.12(Fri) 00:07       ぽん さん   #-  URL       

ぽんさん

本のご紹介ありがとうございます!
Amazonで頼んでしまおう。(笑)
鈴木大拙という方の名は初めて聞きました。
読書は好きなのですが、基本的に小説しか読まないので
読書の幅を広げる良い機会かと思っています。^^

「起きてから唱えればいいのだよ」
良い教えですね!!(笑)
そのぐらいの心の余裕が持てればいいな。

やはりいがみ合いが無いわけではないのですね。
仰るとおり、いがみ合いは上層部の間での方が多いのかも。
大学は特に色々な人がいるので、意見が合わなくても
いがみ合いまでに発展することは少ないのかな。

宗教については、第三者の立場で観察するだけなら
すごく面白そうだな~っと思います。(笑)

せっかく色々書いてくださったのに返信短くてごめんなさい!!orz

2010.03.12(Fri) 10:55       彩 さん   #-  URL       

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